コラム・小さな小さな物語(中篇)自分らしく勉強できる場所(OGC-23)

 今週、国公立大学の前期試験が行われています。

 私の塾で学んできた生徒たちが、関東、関西、九州など、それぞれの決戦の場でいま闘っています。ここまできたら、私は祈るだけです。

 彼らが自分の実力を発揮してくれればよい。いや、本番では何が起こるかわからないので、8割くらいの力でも志望校に合格できるような実力をつけるよう指導してきたのだから、8割くらいの力を発揮してくれればよい。私はそう願っています。そして、これだけやったのだからがんばりますと決意の表情をみせて出発してくれた生徒たちを誇らしく思います。

 その受験生たちのなかに、私が塾を開いたばかりの4年前からずっと通い続けてくれたある1人の生徒がいます。

 入塾当時は中学2年生。学校の勉強にあまり付いていけず不登校がちでした。でも、「ここだったら勉強を続けられそう」とコツコツ勉強を続けてくれたのです。学校授業の進度とは関係なく、私が勧めた参考書・問題集を計画的に進めるよう塾で指導しました。学校に通っている同級生たちに遅れてやいまいかと心配することも多かったのですが、きっと、その不安を紛らわせるためだったのでしょう、それら参考書に狂おしいくらい没頭していくのです。誇張でもなく、著者の「はじめに」や「あとがき」の内容すら暗記するくらい、表紙は手垢で汚れ、数ページが冊子から外れ、文字通り装丁がボロボロになるまで使い倒していました。

 そういうがむしゃらな反復勉強が奏功して、成績もうなぎ上り。気づけば高校ではトップをとるようになりました。そして今週、難関大学を受験しています。

 塾と生徒とは相性が合う、合わないがありますが、この生徒は私の塾にうまくはまったのでしょう。もちろん私の塾に合わない生徒もたくさんいます。

 その子の性格、考え方、家庭環境などによって、居心地よく学ぶことのできる場所が異なるのは当然です。だからこそ、学校が合わないと思えば他の居場所を探せばよい、その居場所がまた合わなくなれば、さらに別の場所を探せばよい。そのようにして、自分らしく勉強できる場をみつけていけばよい、私はそのように思っています。

 先生、教室の雰囲気、自宅との距離などを含め、居心地のよい学習空間が定まればしめたもの。そこで生徒の自主性、積極性、計画性が育まれますから、塾はただ、背中を押して自主性を伸ばし、積極性に応えて具体的にアドバイスを行い、計画をその生徒にあった形に軌道修正すればよい。このように、学びの好循環を作ることを目指しています。

 このコラムのシリーズに「小さな小さな物語」というタイトルをつけていますが、中学生・高校生が「大きな物語」に呑み込まれないことが大切であると思っています。生徒の数だけ勉強のやり方がある。その点では、勉強は「物語」をつくることに似ています。私は、子どもたち一人ひとりの「小さな物語」を尊重しながら、小さな小さな塾を日々経営しています。

 考えてみれば、子どもだけでなく、大人にとっても学習の「居場所」が必要であることは同じです。人は生涯勉強しなければならないので、居心地よく学ぶことの出来る場所、自分らしく勉強できる場所が、大人にとっても必要なのです。

 たとえば私にとって、自分らしく勉強できる場所とは、私の塾の空間です。生徒たちがやって来る前の1人だけの塾での時間、哲学、法律、歴史、数学、物理などにじっくり向き合い内省する時間が至福のときなのです。

 二十数年間、大きな組織で働いた経験がある私にとっては、自分だけの時間と場所がこうやって存在すること自体がとても貴重に思えてなりません。大きな組織、大きな社会のなかで生活していると、どうしても、その組織、その社会の風潮や勢いに同調しがちになります。そのなかにいる個々人は様々なのに、異なる性質をすべて覆い包み、同じ方向性に誘導しようとする「大きな物語」を、私たちは警戒しなければならない。物語の数は、人間の数だけ多種多様であるべきです。個人一人ひとりが、生まれたところも育ったところも出会う人や社会も異なるわけだから、その大切にする物語は異なるということを尊重しなければなりません。

 「かんざわ英進塾」が、中学生・高校生たちの「小さな物語」を育む場所になり、「沖縄グローバルセンター」が、私を含めた大人たちの「小さな物語」を認め合う場所になればよいと思っています。これからもできるだけ「小さく」この場所を成長させていければと思います。 (後篇に続く)

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